tabinokilog

ふじょしの渡世日記。主に旅の記録です。

2020年4月12日夜

 

 

 

 ポトフの煮えるのを待ちながら、この文を書いている。

 時刻は深夜十二時、ついさきほど、飲みものを買って戻ったところだ。家から数歩のところにある自動販売機で炭酸水を一本買い、買い置きの焼酎を割って飲むのが、ここ数日私の晩酌になっている。

 味けなくはあるが、新しく酒を買いに行くのも憚られる。流行の新型感染症から自分や社会を守るためには、あらゆる人間と2メートル以上の距離を取るのが望ましいそうだ。行政もそれを奨励している。そのために実店舗はばたばたと営業を休止し、代わってオンライン・ショッピングが人々の需要に応えている。今ごろ運送業者は殺人的な量の荷物に追われていることだろう。家の中にいると、郵便物をポストへ投函するやいなや、走って次の場所へ移動するらしい足音が聞こえる。うまい酒を飲みたいということのために負担を上積みするのは気がひける。

 アパートの外廊下から周囲をのぞく。見渡すかぎり無人である。人のいない町には、映画のセットのような不自然さがある。階段を下りて道へ出る。立ち止まって、あれ、と思った。目当ての自動販売機から明かりが消えている。

 止めたのだろう。商品を補充するにも人の手が要るから。それだけのことだ。分かってはいるのだが、沈黙する自動販売機が、なにかしら終末的な風景のように感じられる。

 別の自販機まで歩いていき、ポケットから小銭を出して入れる。残念ながら炭酸水はない。代わりにレモンスカッシュのペットボトルを買う。ポトフとは合わないだろうな、と思う。まあ、焼酎ソーダ割りだってそれほど合うわけではない。ボタンを押す私の手には、炊事用の、ピンク色のゴム手袋がはまっている。無人の道を引き返して部屋へ戻る。

 玄関ドアを閉めて鍵をかけ、まっすぐにキッチンへ向かう。スポンジへ食器用洗剤を含ませ、買ったばかりのペットボトルをごしごしと洗う。ゴム手袋も同様にすみずみまで洗う。洗剤が、エンベロープ、というウイルスの膜をこわして感染性を失わせるのだという。アルコールスプレーでもその用に足りるが、品薄で、次にいつ買えるかわからないから、洗えるものは洗うようにしている。十分に時間をかけて流水ですすぐ。

 ペットボトルから水気を拭って冷蔵庫へ入れる。玄関のノブや錠、それから鍵へアルコールスプレーをふきかけて拭う。

 こんな頃があったな、と、思える日のために書いている。