tabinokilog

ふじょしの渡世日記。主に旅の記録です。

花火のない夜

 

 

 2020年の6月1日は月曜日で、20時から5分間、どこだかわからない場所で、花火が上がるということだった。

 そのとき住んでいた家の近くには、花火大会の会場になる場所が二箇所くらいあった。もしも花火がそこから上がるなら、見えはしないにしろ、音が聞こえるはずだった。20時になって窓を開けると小雨が降っていた。ベランダとは名ばかりの、幅のせまいでっぱりの上を、ねこの足がたしたしと歩くみたいに、まばらな雨粒が叩いていた。

 他には何の音もしなかった。湿った、冷たい夜風が、丈の長いカーテンを丸く膨らませた。花火のない夜だ。きっかり5分間窓をあけて、閉めた。

 届いたばかりのスナップえんどうを茹で、COEDOの毬花を開けた。一時間半かけて『東京奇譚集』を読んだ。ずいぶん昔から本棚にあるから、読んだこともあるはずなのだが、内容は覚えていなかった。

 ところで、私は小説というものを、究極的には人間を救済するプロセスとして捉えている。否応ない時間の流れや、抗いようもなく重い現実や、あるいは人間そのものから、なにものかを切り離して固定すること。フィクションという頑丈な檻のなかに閉じ込めて侵食を逃れること。

 でも、もっと根深い、いやらしい、冷や汗のでるようなものと対応しているのかもしれないなと、そのときには思った。それが何かは、わからない。

 

 恥ずかしい話だが、仕事のない日で、一日中寝ていた。朝の5時に空腹で起き、ごみを出したりゆうべの読書の続きをしたりしてから、7時に食事をした。ピーマンと豚ひき肉をしょうゆ味で炒めてスパゲッティと混ぜ、おかかを振った。食べると落ち着いて、それから眠った。

 昼に目が覚めるとまたお腹が空いていた。薄手のお焼きのようなものをいくつか作って食べ、昼間から缶酎ハイを飲んだ。勢い、ネット銀行で外貨を売り(その日の中ではいいタイミングで手放した、今になって思えば)、また眠って、19時に起きた。

 起きるとずいぶん頭がすっきりしていた。前日にすこし根を詰めていたから、疲れがあったのだろうか。LINEの返事をしたり、冷蔵庫のなかで在庫過剰になったものを冷凍庫に詰めかえたりしていると、20時になった。花火のない夜がきた。花火のない夜は、とても穏やかで慕わしいものだった。